マンション購入で後悔しないための二つの視点:「住む価格」と「持つ価格」を明確に分離する
不動産テック研究・開発組織『PropTech-Lab』所長の清水千弘氏は、マンション購入における「生活」と「投資」という二つの側面を「家賃」と「ユーザーコスト」という概念で明確に分離し、後悔しない購入判断のための思考法を提唱しています。

前回の解説では、金利上昇や将来の売却価格低下がマンションの価値に与える影響を検証し、「予測が外れても生活が壊れない買い方」が実践的なリスク対策であると示されました。今回は、この考え方をさらに深掘りします。
「生活」と「投資」を混ぜずに考える重要性
マンション購入を検討する際、「ここで暮らしたい」という生活の欲求と、「高い買い物だから損はしたくない」という投資の不安が同時に生じるのは自然なことです。しかし、これら二つの感情を“同じ言葉”で考えてしまうと、後悔につながる可能性があります。
例えば、「住み心地が良いから多少割高でも良い」と考える一方で、「値下がりしたら嫌だ」と投資の不安を抱えたり、「値上がりしそうだから買う」と決めてから、住みにくさや毎月の負担を生活の側で正当化したりするケースが見られます。
清水千弘氏は、住宅は「投資」でもあり「生活」でもあると断言します。しかし、判断を下す際には、この二つを混ぜずに、それぞれ異なる物差しで考えるべきです。そのための重要な概念が「家賃」と「ユーザーコスト」です。

住宅における「二つの価格」とは
住宅には「二つの価格」が存在します。
一つ目は「家賃」です。これは「住む」ために毎月支払う費用であり、住宅サービス(住み心地、立地、広さ、安心感など)に対する対価です。賃貸住宅に住む場合、家賃はそのまま「住む価格」を意味します。
もう一つが「ユーザーコスト」です。これは「持つ価格」を指します。具体的には、家を購入して所有し、1年間持ち続けた場合に実質的にどれだけのコストがかかるかを示します。

「持つ価格」と聞くと、毎月のローン返済を想像するかもしれません。しかし、ユーザーコストはローン返済だけではありません。持ち家には、ローンのような「見える支出」のほかに「見えにくいコスト」が存在し、逆に「相殺してくれるもの」も含まれます。

ユーザーコストの内訳
ユーザーコストは「持ち家の1年分の実質コスト」と定義されます。これを直感的に分解すると以下の要素が含まれます。
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資金コスト: ローンを組む場合の金利支払いや、現金で購入した場合に他の運用で得られたはずの利回り(機会費用)です。資金には「値段がある」という考え方に基づきます。
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維持コスト: 管理費、修繕積立金、固定資産税、保険料、小規模な修繕費用など、毎年確実に発生する費用です。
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建物の劣化(減価): 設備や内装の老朽化、配管や外壁の劣化など、時間の経過とともに建物が価値を失うコストです。土地は別として、建物は基本的に時間が経つほど劣化が進みます。
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値上がり期待: 購入したマンションが1年後に高く売れる見込みがある場合、その「得」は持ち家のコストの一部を相殺します。逆に、値下がりが見込まれる場合は、コストは増加します。
これらの要素をまとめると、ユーザーコストは以下の計算式で表されます。

ユーザーコストは「買ったときの価格」だけで決まるものではありません。金利や市場の期待が変動することで、その数値も変化します。
均衡状態における「家賃=ユーザーコスト」の原則

理想的な市場環境では、家賃とユーザーコストは一致すると考えられます。もし一致しない場合、「得なほう」に人々が流れることで、その差は埋まります。
例えば、持ち家のユーザーコストが家賃よりも低い場合、借りるよりも購入する方が経済的に有利です。これにより購入者が増加し、住宅価格が上昇します。結果として、価格に比例するユーザーコストも上昇し、両者の差は縮小します。
反対に、ユーザーコストが家賃よりも高い場合、購入するよりも借りる方が有利です。購入者が減少し、住宅価格が下落します。これによりユーザーコストが低下し、差が縮小します。
したがって、市場が安定した状態(均衡)では、以下の関係が成立します。

この原則は、「買う」か「借りる」かを比較する際に、家賃とユーザーコストを比較すれば良いという実用的な指針を提供します。
具体例:ユーザーコストから「持ち家の実質家賃」を算出する

実際に数字を用いてユーザーコストを体験してみましょう。例えば、4,000万円のマンションを検討し、以下の条件を設定します。
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金利(資金コスト):2%
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維持費や税など:1%
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建物の劣化(減価):1%
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値上がり期待:0%
この場合、ユーザーコスト率は「2% + 1% + 1% − 0% = 4%」となります。
4,000万円の4%は年間160万円、月額換算で約13.3万円です。
この「月13.3万円」は、その家を持って住むことの「実質的な家賃」を意味します。同等の賃貸物件の家賃が月13万円前後であれば、これは均衡していると判断できます。もし月10万円で借りられるのであれば、借りる方が合理的に見えます。逆に月16万円であれば、購入して住む方が合理的です。

ただし、この計算だけで購入を決定すべきではありません。購入時には仲介手数料などの初期費用、引っ越し費用、リフォーム費用、将来の大規模修繕費用なども考慮に入れる必要があります。しかし、「買う」か「借りる」かを同一の土俵で比較する第一歩として、ユーザーコストは非常に有効なツールです。

値上がり期待がユーザーコストに与える影響
ユーザーコストは、市場の「期待」によって大きく変動します。上記の例で、「毎年2%くらい値上がりする」という期待が加わると、ユーザーコスト率は「2% + 1% + 1% − 2% = 2%」に低下します。
この場合、年間ユーザーコストは4,000万円の2%で80万円となり、月額換算で約6.7万円です。同じ家でも、値上がり期待が加わるだけで、持ち家の実質家賃が月13.3万円から月6.7万円へと半減する可能性があります。

この現象は、住宅市場における価格の歪みを生み出す主要な要因です。値上がり期待が強い局面では、「持つコスト」が軽く見え、購入者が増加して価格が上昇しやすくなります。逆に、期待が崩れると「持つコスト」が重く感じられ、購入者が減少し、価格が下落しやすくなります。
金利上昇や期待の減退は、ユーザーコストを上昇させ、持ち家の「持つコストが急に重くなる」局面を作り出します。これが、価格や家計に影響を及ぼすリスクの本質です。
「投資」と「生活」を混ぜない思考の順番
住宅購入の判断を冷静に行うためには、「投資」と「生活」を混ぜずに考える順番が重要です。
- 生活として考える: まず、その立地、広さ、通勤利便性、安心感に対して「月いくらまでなら支払いたいか」を家賃の言葉で検討します。ここでは、価格の変動を主眼に置きません。
- 投資として考える: 次に、ユーザーコストを算出します。金利はやや高め、値上がり期待は控えめ、維持費や修繕費は現実的な前提で設定することが推奨されます。算出したユーザーコストと、賃貸の家賃相場を比較します。
- 統合する: 最後に、自身の意思を反映させます。「投資としては多少不利でも、この生活に価値がある」と判断すれば購入を検討し、「生活としては悪くないが、投資としての負担が重すぎる」と判断すれば見送ります。このように、二つの側面を足し合わせて選択することが重要です。

この思考プロセスを実践することで、住宅購入の判断はより冷静かつ客観的なものとなるでしょう。
まとめ:住宅は「二つの言語」で考える
住宅は「生活」と「投資」の両面を持つ資産です。そのため、購入判断においては、家賃(住む価格)とユーザーコスト(持つ価格)を明確に分けて考えることが不可欠です。
理想的な市場では家賃とユーザーコストは一致しますが、現実には金利、市場の期待、取引費用などの要因によりズレが生じます。このズレが、購入者の迷いや市場価格の変動につながるのです。
次回は、この「ズレ」が拡大する要因、すなわち「期待」がどこから生まれ、いつ崩れるのか、そしてマンション価格の動向を自身で判断するための指標について解説されます。
『PropTech-Lab(プロップテック・ラボ)』について

『PropTech-Lab』は、不動産市場に新たな価値を創出し、人々が住まいを選ぶ際の新たな基準、利便性、価値観の醸成・提供を目指す研究・開発組織です。市場ニーズに応え、価格高騰の抑制に努め、より多くの人々が質の高い住宅を手に入れられる社会の実現に貢献します。
『PropTech-Lab』 所長 清水 千弘 氏について

一橋大学大学院ソーシャルデータサイエンス研究科教授、社会科学高等研究院都市空間不動産解析研究センター・センター長。1994年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程中退。東京大学博士(環境学)。財団法人日本不動産研究所研究員、リクルート住宅総合研究所主任研究員、麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授等を歴任。
2022年1月より、株式会社property technologiesグループに参画し、社外取締役を経て2024年7月より、『PropTech-Lab』所長に就任しました。
株式会社property technologies(プロパティ・テクノロジーズ)について
「UNLOCK YOUR POSSIBILITIES. ~テクノロジーで人生の可能性を解き放つ~」をミッションに掲げる企業です。年間36,400件超の不動産価格査定実績やグループ累計約15,100戸の不動産販売で培ったリアルな取引データ・ノウハウを基盤に、「リアル(住まい)×テクノロジー」を融合させ、誰もがいつでも気軽に住み替えられる未来の実現を目指し、利便性の高い不動産取引サービスを提供しています。
会社概要
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会社名:株式会社property technologies
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代表者:代表取締役社長 濱中 雄大
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本社:東京都渋谷区本町3-12-1 住友不動産西新宿ビル6号館12階
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設立:2020年11月16日
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上場:東京証券取引所グロース市場(5527)


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